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望月 正弘
(1) Pseudomonas putidaのホルムアルデヒド脱水素酵素 (FDH) のアミノ酸配列を取得する。 (2) FDHに小胞体移行シグナルを付加する。 (3) (2)を逆翻訳する。 (4) Arabidopsis thalianaのリボソームタンパク質P1-1 (P1) をコードする遺伝子の塩基配列を取得する。 (5) P1のリンカー部分に相当する領域を切り出す。 (6) Heterodera schachtiiのセルロース結合タンパク質 (CBP) のアミノ酸配列を取得する。 (7) CBPから小胞体移行シグナルを除去した断片を生成する。 (8) (7)を逆翻訳する。 (9) (3)、(5)、(8)の配列をN末端から順に結合し、一つの融合遺伝子とする。
本デザインは、細胞壁固定型ホルムアルデヒド脱水素酵素を植物に発現させることで、植物体周辺のホルムアルデヒドを重点的に無毒化することを目指したものである。加えて、現実的な活用法として、本デザインによる組換え植物をホルムアルデヒド無毒化繊維の原料とすることを提案する。
本デザインは、第1回GenoConで優秀アイデア賞を受けた田中祐輔氏のアイデアに着想を得たものである。田中氏は、細胞外でホルムアルデヒドを分解することを意図して、植物にホルムアルデヒド脱水素酵素を分泌させるアイデアを考案した[1]。研究者Cは田中氏のアイデアを元に好気性真正細菌P. putidaのホルムアルデヒド脱水素酵素 (FDH) の遺伝子を植物に組み込み、そのアイデアの有効性を実証した[2]。このFDHはその名の通り、ホルムアルデヒドから水素原子を取り去って酸化し、ギ酸へと分解する活性を有している。反応1: HCHO + NAD+ + H2O → HCOOH + NADH + H+ 細胞外に分泌された酵素による無毒化には、有害なホルムアルデヒドが細胞へ侵入する前にそれを無毒化できるという優位性が存在する。事実、研究者Cのデザインは、細胞内での無毒化を狙った研究者A・研究者Bのデザインと比べて高いホルムアルデヒド耐性を示し、一般の参加者と同じベクターを用いたデザインの中では最良のスコアを得るに到った。本デザインでも高いホルムアルデヒド耐性の獲得を目指して、研究者Cと同じくFDHを分泌させるアプローチを採用した。 しかし、このアプローチには一つの疑問が存在する。ホルムアルデヒド (HCHO) 以外に、電子受容体として酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD+)を消費するこの反応は、細胞外で持続的且つ効率的に進行しうるのだろうか。植物の細胞外NAD濃度の報告は見つからなかったが、動物での報告ではその濃度は細胞内よりもずっと低く、概ね1μM以下とされる[3]。また、アポプラストが培地と連続している植物の根においては、細胞外NADが培地中に拡散してしまう可能性があり、なおさら高濃度のNADが維持されているとは考えづらい。従って、研究者Cのデザインによる組換え植物が実験審査においてmMレベルのホルムアルデヒドを含む培地で生育できたことを考慮すれば、反応1のみでFDH導入によるホルムアルデヒド耐性獲得を説明することは難しい。 一方、P. putidaのFDHは反応1の他に下記の反応を触媒することが知られている[4]。反応2: HCHO + NADH + H+ → CH3OH + NAD+ホルムアルデヒドが酸化される反応1とは対照的に、反応2ではホルムアルデヒドが還元されメタノールが生成される。反応1と反応2が等しく進行すると仮定すると、両反応は下記の反応3と見なすことができる。反応3: 2HCHO + H2O → HCOOH + CH3OHこの反応は不均化 (dismutation) と呼ばれる。面白いことに、FDHがこの反応を触媒するためには一時的な電子伝達体として酸化型あるいは還元型のいずれかのNADを必要とするが、還元と酸化が一対になって起こるためにいずれの型のNADも消費しない。さらに生理的なpHにおいてはFDHは非共有結合的にではあるが強固にNADを結合しているとされ、NADの解離を伴わずに反応3が進行するという[5]。以上のようなFDHの性質を踏まえ、研究者Cのデザインにおけるホルムアルデヒド耐性発現のメカニズムとして、私は以下の様なモデルを想定した。小胞体移行シグナルを付加されたFDHが粗面小胞体で合成される。FDHは小胞体内部でNADを結合する。小胞体内部にはミクロソーム電子伝達系が存在するため、元来十分な量のNADが存在するものと思われる。エキソサイトーシスによりNADを結合したFDHが細胞外に分泌される。FDHは細胞外でNADを結合したまま反応3を連続的に触媒し、有害なホルムアルデヒドを消費してギ酸とメタノールを生成する。
本デザインは、第1回GenoConで優秀アイデア賞を受けた田中祐輔氏のアイデアに着想を得たものである。田中氏は、細胞外でホルムアルデヒドを分解することを意図して、植物にホルムアルデヒド脱水素酵素を分泌させるアイデアを考案した[1]。研究者Cは田中氏のアイデアを元に好気性真正細菌P. putidaのホルムアルデヒド脱水素酵素 (FDH) の遺伝子を植物に組み込み、そのアイデアの有効性を実証した[2]。このFDHはその名の通り、ホルムアルデヒドから水素原子を取り去って酸化し、ギ酸へと分解する活性を有している。
反応1: HCHO + NAD+ + H2O → HCOOH + NADH + H+
細胞外に分泌された酵素による無毒化には、有害なホルムアルデヒドが細胞へ侵入する前にそれを無毒化できるという優位性が存在する。事実、研究者Cのデザインは、細胞内での無毒化を狙った研究者A・研究者Bのデザインと比べて高いホルムアルデヒド耐性を示し、一般の参加者と同じベクターを用いたデザインの中では最良のスコアを得るに到った。本デザインでも高いホルムアルデヒド耐性の獲得を目指して、研究者Cと同じくFDHを分泌させるアプローチを採用した。
しかし、このアプローチには一つの疑問が存在する。ホルムアルデヒド (HCHO) 以外に、電子受容体として酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD+)を消費するこの反応は、細胞外で持続的且つ効率的に進行しうるのだろうか。植物の細胞外NAD濃度の報告は見つからなかったが、動物での報告ではその濃度は細胞内よりもずっと低く、概ね1μM以下とされる[3]。また、アポプラストが培地と連続している植物の根においては、細胞外NADが培地中に拡散してしまう可能性があり、なおさら高濃度のNADが維持されているとは考えづらい。従って、研究者Cのデザインによる組換え植物が実験審査においてmMレベルのホルムアルデヒドを含む培地で生育できたことを考慮すれば、反応1のみでFDH導入によるホルムアルデヒド耐性獲得を説明することは難しい。
一方、P. putidaのFDHは反応1の他に下記の反応を触媒することが知られている[4]。
反応2: HCHO + NADH + H+ → CH3OH + NAD+
ホルムアルデヒドが酸化される反応1とは対照的に、反応2ではホルムアルデヒドが還元されメタノールが生成される。反応1と反応2が等しく進行すると仮定すると、両反応は下記の反応3と見なすことができる。
反応3: 2HCHO + H2O → HCOOH + CH3OH
この反応は不均化 (dismutation) と呼ばれる。面白いことに、FDHがこの反応を触媒するためには一時的な電子伝達体として酸化型あるいは還元型のいずれかのNADを必要とするが、還元と酸化が一対になって起こるためにいずれの型のNADも消費しない。さらに生理的なpHにおいてはFDHは非共有結合的にではあるが強固にNADを結合しているとされ、NADの解離を伴わずに反応3が進行するという[5]。
以上のようなFDHの性質を踏まえ、研究者Cのデザインにおけるホルムアルデヒド耐性発現のメカニズムとして、私は以下の様なモデルを想定した。
なお、研究者Cによるデザインではギ酸脱水素酵素も細胞外に分泌されるように設計されていたが、(1) ギ酸脱水素酵素がFDHと同様に細胞外でギ酸を効率的に無毒化できるとする根拠は見当たらず、おそらくは実質的には機能していないものと推定されること 、(2) ホストのギ酸脱水素酵素である程度はギ酸の毒性に対処できると思われること、(3)両方の酵素をデザインに組み入れると規定の2000 bpを超過してしまうこと から本デザインにはギ酸脱水素酵素を含めないものとした。
小胞体移行シグナルを付加したタンパク質の遺伝子を導入した植物は、根から培地中にそのタンパク質を分泌するとの報告がある[6]。従って、研究者Cのデザインによる組換え植物でも、FDHが培地中に分泌されているものと推測される。一見すると、FDHが根から分泌されて培地中に拡散することは、培地中のホルムアルデヒドを広く効率的に無毒化するというの観点からは好都合に思える。しかし、GenoConの実験審査のスコアはホルムアルデヒドの分解量ではなく、植物のホルムアルデヒド耐性の程度によって計算されることに留意する必要がある。実験審査でハイスコアを獲得するためには、ホルムアルデヒドを"広く薄く"無毒化するよりも、むしろ植物体周辺のホルムアルデヒドを"重点的に"無毒化する方が植物体に対する保護効果が高く有利と私は考えた。 そこで、本デザインではFDHに線虫H. schachtiiのセルロース結合蛋白質(CBP)を融合させることで、FDHを細胞壁に留まらせる工夫を施した。この融合酵素は、細胞外に分泌されてもセルロースを主成分とする細胞壁に繋ぎ止められ、根から培地中に拡散しにくいものと期待される。なお、融合タンパク質の設計に当たってはFDHの高次構造を考慮し、FDHのC末端への融合が立体障害を引き起こさないであろうことを確認した (図2) 。加えて、融合タンパク質中でFDH部分とCBP部分が独立したドメインとして機能するように、両者の間にリボソームタンパク質P1-1 由来のリンカー配列を挿入した。また、CBPが元来保持している小胞体移行シグナルは、融合によってN末端に露出しなくなるため機能しないと思われること、そもそもA. thalianaをホストにした場合には機能しないという報告[7]があることから削除した。
ホルムアルデヒド無毒化能を有する機能性材料としては、TanakaらによるFDHを固定した高分子膜の例がある[8]。植物繊維の主成分は細胞壁に由来するセルロースであり、本デザインに基づく組換え植物から採取した繊維にもFDHが保持されている可能性がある。そうだとすれば、この繊維はTanakaらによる高分子膜と同様の活性を示し、ホルムアルデヒド無毒化繊維として機能するものと期待される。 生きたままの組換え植物を実験室の外で利用するためには、生態系への影響等を考慮する必要があり、制度上のハードルも低くはない。一方、繊維のような"死んだ"材料であれば、それが組換え植物に由来するものでも、そのハードルを下げることができる。例えば、組換え植物由来のホルムアルデヒド無毒化繊維を空気清浄機のフィルターに織り込むというような使用法ならば、比較的容易に生活環境での実地試験に漕ぎ着けるだろう。本デザインで採用した不均化反応による無毒化は、2-1で述べたように生細胞の代謝系に依存せず単独の酵素で機能するという特質を有していると見られるため、こうした無生物的材料での利用に適している。
ホルムアルデヒド無毒化能を有する機能性材料としては、TanakaらによるFDHを固定した高分子膜の例がある[8]。植物繊維の主成分は細胞壁に由来するセルロースであり、本デザインに基づく組換え植物から採取した繊維にもFDHが保持されている可能性がある。そうだとすれば、この繊維はTanakaらによる高分子膜と同様の活性を示し、ホルムアルデヒド無毒化繊維として機能するものと期待される。
生きたままの組換え植物を実験室の外で利用するためには、生態系への影響等を考慮する必要があり、制度上のハードルも低くはない。一方、繊維のような"死んだ"材料であれば、それが組換え植物に由来するものでも、そのハードルを下げることができる。例えば、組換え植物由来のホルムアルデヒド無毒化繊維を空気清浄機のフィルターに織り込むというような使用法ならば、比較的容易に生活環境での実地試験に漕ぎ着けるだろう。本デザインで採用した不均化反応による無毒化は、2-1で述べたように生細胞の代謝系に依存せず単独の酵素で機能するという特質を有していると見られるため、こうした無生物的材料での利用に適している。